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おんな城主 直虎の世界14 今川義元の母・寿桂尼は直虎以上の女城主? 

柴咲コウさん主演で、放送が始まったNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」。

その「おんな城主 直虎」で、浅丘ルリ子さんが演じているのが、今川義元の母・寿桂尼です。

「おんな城主 直虎」では、幼い井伊直虎(おとわ)と、寿桂尼が対面する場面がありました。そして、寿桂尼は井伊直虎(おとわ)が、今川家の人質にならないように、口添えするのです。

「おんな城主 直虎」の序盤の鍵を握りそうな寿桂尼とは、どのような女性だったのでしょうか?






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公家出身ながら今川家を取り仕切るように



NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」では、浅丘ルリ子さんが演じる寿桂尼。

寿桂尼は、もともと京都の公家である藤原北家勧修寺流の中御門家の出身。寿桂尼は、中御門家から駿河の大名・今川氏親に嫁ぎました。

とはいえ、寿桂尼は、公家出身とはいうものの、ただのお嬢さんではなかったようです。

寿桂尼は、女性でありながら、今川家の政治を実質的に取り仕切るようになるのです。

夫氏親と長男氏輝を病で失う



寿桂尼が今川家を取り仕切るようになったのは、夫氏親が病に倒れたことと、後継ぎの長男氏輝がまだ若かったためでした。

寿桂尼は、夫の今川氏親、さらに長男今川氏輝を次々と失います。

今川家の大黒柱を次々と失ったため、寿桂尼が今川家の政務を取り仕切るしかありませんでした。女性ながら、今川家を背負って立ったという点では、寿桂尼と、「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎との間には、通じる部分がありそうです。

寿桂尼の実子と側室の子が家督争い



こうして、寿桂尼が取り仕切るようになった今川家。
寿桂尼の長男・今川氏輝が急死したため、今川家では、家督争いが起こります。

このとき、今川家の家督を争ったのは、出家していた寿桂尼の子・栴岳承芳と、側室の子・玄広恵探。
栴岳承芳と、玄広恵探による今川家の家督争いは「花倉の乱(花蔵の乱とも)」と呼ばれています。

寿桂尼は実子である栴岳承芳を支援したとみられていました。

しかしながら、近年では、寿桂尼は側室の子・玄広恵探を支援したともいわれています。はたして、寿桂尼は、栴岳承芳と玄広恵探のどちらを支援したのか。はっきしりたことはわからないものの、花倉の乱を制したのは、栴岳承芳でした。今川家の家督を継いだ栴岳承芳は、還俗して今川義元と名乗ります。

義元、氏真を補佐し続けた寿桂尼



寿桂尼は、実子義元が今川家を継いでからも、義元を補佐し続けたようです。

ひょっとすると、井伊家から今川家に人質に入ったという井伊直平の娘・佐名や、井伊家を継いだ井伊直虎と、寿桂尼が顔を合わせることがあったのかもしれません。

この後、今川家を継いだ義元は、桶狭間の戦いで、織田信長に討たれて非業の死を遂げます。

義元の嫡男・氏真が今川家を継いでからも、寿桂尼は、孫である氏真を補佐し続けたようです。
しかしながら、女傑の寿桂尼も、年波には勝てず、80歳前後で世を去ったとみられています。

寿桂尼の死後、滅亡した今川家



寿桂尼が世を去った後、今川家は、甲斐の武田信玄、三河の徳川家康に侵攻を受けるようになります。
そして、寿桂尼の孫にあたる今川氏真は、妻の実家である相模の北条家に亡命。ここに戦国大名としての今川家は滅亡するのです。

一方、今川家の支配を受けてきた井伊直虎にとって、今川家の衰退は願ってもないことだったのでしょう。

「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎のかつての婚約者・井伊直親の遺児・直政は、徳川家康に仕官。直政はこの後、「徳川四天王」と呼ばれるほどの、重臣に成長するのです。

四代にわたって今川家を補佐し続けた寿桂尼。

寿桂尼の手腕は、「おんな城主 直虎」の主人公・井伊直虎に勝るとも劣らなかったといえるのではないでしょうか。

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