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百田尚樹「海賊とよばれた男」岡田准一主演で映画化。見所は? 

出光興産創業者がモデルのベストセラー



V6の岡田准一さん主演で、2016年冬に公開される映画「海賊とよばれた男」。百田尚樹さんの同名小説を映画化。大手石油会社・出光興産の創業者、出光佐三がモデルとなっています。原作は上下巻合わせて170万部のベストセラー。2013年の本屋大賞も受賞しています。その見所を探りました。

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「社員は財産」とリストラせず



「海賊とよばれた男」の主人公は、出光佐三をモデルとした国岡鐡造。同じく出光興産をモデルにした国岡商店が大企業に成長するまでを描いています。時は戦後復興期。厳しい経済環境に、社内からはリストラを求める声もあがりますが、主人公の鐡造はけして首を縦に振りませんでした。「社員は財産」が信念だったのです。

この出光佐三をモデルとした百田尚樹さんの小説「海賊とよばれた男」はベストセラーに。2013年の本屋大賞ともなりました。今回の映画化によって、再び読者の注目を浴びることになるかもしれません。

海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)

海賊とよばれた男(下) (講談社文庫)

紛争状態の中東にタンカー派遣



そして国岡商店は、社運をかけて中東にタンカーを建造します。イギリス軍に攻撃される恐れがあったにもかかわらず、イランにタンカーを派遣。石油を無事、日本に送り届け、世界を驚かせました。小説のモデル、出光興産による「日章丸事件」です。

当時、石油国有化をめぐって、英国とイランの間で紛争が発生。こうした危険な状況で、出光佐三は中東へタンカー「日章丸」を走らせました。この出来事が日本国民を勇気付けた、といわれる一方、石油の所有権を主張する英国の石油会社アングロイラニアン社(現BP)との間で裁判に。佐三自身が出廷しています。

「永遠の0」に続く岡田准一主演



主人公の国岡鐡造役には岡田准一さん。同じく百田尚樹さんの作品「永遠の0」に続く出演となりました。また「永遠の0」で監督を務めた山崎貴監督とは二度目のタッグとなります。

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 DVD通常版

映画は10月上旬に撮影開始。共演は主人公の妻、国岡ユキ役に綾瀬はるかさん。田岡商店の店員、東雲忠司役(モデルは出光興産3代目社長)に吉岡秀隆さん。同じく店員の甲賀治作役に小林薫さん。陸軍中野学校元教員の店員・武知甲太郎役に鈴木亮平さん。元海軍大佐の店員役にピエール滝さんら。

資源はナショナリズムと結びつきやすいもの。また争いの種にもなります。主人公・国岡鐡造のモデル、出光佐三自身が「日本人にかえれ」という著書を残しており、「海賊とよばれた男」も世界の中の日本を意識した作品になるのでしょう。

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吉田修一原作「怒り」映画化。渡辺謙主演、フラガールの李相日監督で実力派結集 

渡辺謙、綾野剛、妻夫木聡…豪華キャスト勢ぞろい



作家吉田修一さんのベストセラー小説「怒り」の映画化が決定しました。主演に渡辺謙。その娘役に宮崎あおい。ほかにも、松山ケンイチ、綾野剛、妻夫木聡、森山未来、広瀬すずと旬の役者がそろう豪華キャストとなっています。監督は「フラガール」の李相日監督。来秋公開へ期待が高まる「怒り」の作品世界とは。

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夫婦殺害事件から始まる物語



「怒り」の始まりは東京八王子郊外で発生した若い夫婦の殺害事件。
犯人はすぐ割り出されるものの、その後、行方をくらましてしまうのです。

事件後、渡辺謙さん演じる主人公らと、別々の場所で暮らす無関係の三人の男との家族や仲間との物語が展開していきます。この三人のうちの誰かが犯人であるはず。しかしながら、誰が犯人かは直接的に語られることがありません。

監督はフラガールの李相日氏、プロデューサーは川村元気氏



「怒り」の監督を務めるのは実力派として知られる李相日監督。
李相日監督の代表作は、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画「フラガール」。衰退した炭鉱町を舞台に、活気を取り戻すためフラガールとなった炭鉱娘たちの奮闘を描いて、多くの人の共感を呼びました。

主演の渡辺謙さんとは映画「許されざる者」以来。
「許されざる者」はクリント・イーストウッド監督主演の西部劇のリメーク。作品に出演した佐藤浩市さんは李監督を「きついやつだった」と評しています。
30代ながら、年上の役者に対してもけして妥協を許さない。李相日監督には、そうした厳しさと強さが宿っているようです。

プロデューサーは東宝の川村元気さん。
川村さんといえばマルチな才能で知られています。映画のプロデューサーとしては、26歳のときに手がけた映画「電車男」が大ヒット。
その後も湊かなえさん原作の「告白」、そして吉田修一さん原作の「悪人」などの人気作を次々と送り出したことでも知られるヒットメーカーです。

また川村さんは小説家としても活躍。
初の小説「世界から猫が消えたなら」が本屋大賞にノミネート。そのほかにも、東京五輪エンブレムに採用されたデザイナー佐野研二郎さんとの絵本も発表しています。

次々と映画化される吉田修一作品



原作者の吉田修一さんの作品は、数多く映画化されています。
活字の世界にとどまらない魅力を備えた作品を発表しているということなのでしょう。

吉田修一さんといえば、「パークライフ」で芥川賞を受賞。
その後も、先ほど紹介した「悪人」のほかにも、「さよなら渓谷」「横道世之介」などが映画化されています。またテレビドラマ化された作品に「東京湾景」なども。
純文学から若者の生活、殺人事件まで幅広い題材を小説化することに成功している、ベストセラー作家のひとりです。

来秋公開の映画「怒り」。
人気作家、実力派監督、敏腕プロデューサー、そして旬の役者たちとヒットの条件がそろった作品といえるのかもしれません。

原作者の吉田修一さんも「期待という言葉では到底足りない」と期待の大きさを表現しています。
李相日監督も海外映画祭への出品しているそう。
来年秋の公開が待ち遠し作品といえるのではないでしょうか。

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ロカルノ国際映画祭、演技未経験の日本人4人が最優秀女優賞の快挙 

映画テレビ出演経験ゼロ

スイス・ロカルノ国際映画祭で、浜口竜介監督「ハッピーアワー」に主演した日本人女優4人が、最優秀女優賞を受賞するという快挙。驚くのは、この4人が、これまでテレビや映画への出演経験ゼロの「素人」であること。その素直な反応を振り返りました。

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受賞作「ハッピーアワー」とは

ロカルノ国際映画祭の受賞作となった「ハッピーアワー」。
30代後半の女性4人を中心としたヒューマンドラマとなっています。離婚協議中の女性と、その女性を見守る友人たちの心の動きを描く作品。特筆すべきは、5時間以上!という大作であること。

若手の浜口竜介監督は、クラウドファンディングで約460万円の支援を受け、製作にこぎつけました。

出演した女性たちは、みな関西在住。
2年前に神戸で開催された「浜口竜介 即興演技ワークショップ 」の参加者ということです。演技経験はゼロでした。

受賞した女優たちもびっくり

出演した「女優」陣は、田中幸恵さん(41)、菊池葉月さん(37)、三原麻衣子さん(41)、川村りらさん(39)。

みな一様に「びっくりした」「驚いた」などの反応。
田中幸恵さんは「女優でないのでこれが本当にふさわしいのか。もうない経験なので楽しみというより怖い」と初々しいというか、素直なコメントを残しています。
また三原麻衣子さん、川村りらさんも「何が起こっているのかわからない」。

素人俳優で国際映画祭受賞の先駆者といえば

演技未経験の俳優を起用して、国際映画祭の賞を受賞した作品で思い浮かぶのが、河瀬直美監督「殯の森」。
殯の森はカンヌ国際映画祭で、最高賞に次ぐ審査員特別大賞を受賞しました。

その主演に起用された、うだしげきさんは、奈良の古書店・カフェ店主。演技経験はありませんでした。とはいえ、もうひとりの主演である尾野真千子さんは、本作品出演後、NHK連続テレビ小説「カーネーション」の主演にも起用されている人気女優のひとり。

そうしたことを考えると、ロカルノ国際映画祭で受賞した、素人女優4人の偉業の価値がわかるというものです。

登竜門となった即興演技ワークショップとは

演技未経験の女優4人を映画の世界に導いたのは、2013年に神戸で開催された「即興演技ワークショップ」でした。

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このワークショップは、浜口監督が開講。
たんなるオーディションではなく、受講料は7万円と設定されていました。

そして重点が置かれていたのが、演じるだけでなく他者の話を「聞く」こと。
これは浜口監督が、東日本大題震災の被災地に足を運んで、被災者の話に耳を傾けてきたことに端を発しているようです。

この即興演技ワークショップに、浜口監督の琴線にふれる同世代の4人の女優たちが参加していたことが、作品制作の原点になったようです。当初は花嫁を意味する「BRIDES」という仮題で制作されようとしていた作品が、今回の「ハッピーアワー」に発展しました。

浜口監督の狙いは、小さな「個」の力を映画を通して伝えることであったといいます。
大規模な予算を組んで、世界中で大々的に公開されるハリウッド映画とは、また違った魅力を持った作品といえるのかもしれません。

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終戦記念日、戦後70年で必見の映画「野火」「この国の空」 

70回目の終戦記念日。戦争をテーマにした映画公開続々

今日8月15日は70回目の終戦記念日です。1945年8月15日、玉音放送が終戦を告げました。
戦後70年の節目である今年は、戦争をテーマにした映画が次々と公開されます。なかでも注目の3作品を今回はご紹介したいと思います。

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戦場の極限を描いた「野火」

最初にご紹介したいのは、大岡昇平の同名小説を映画化した「野火」。

作家・大岡昇平の出征体験が下敷きになっています。
フィリピン・レイテ島の戦場で、結核のため行き場を失った田村一等兵の極限状態を描いています。

原作を読むと分かるのですが、太平洋戦争末期のレイテ島の戦場では、もはや日本軍に戦闘能力は残されていませんでした。
戦場で追い詰められた兵士たちは、食べるものもなく、亡霊のように戦場をさまよう状況。
敵と戦うどころか、生きることすら困難になっていました。

野戦病院も名ばかりで、薬もなく、治療を受けることなど期待できません。
野戦病院に送り込まれても、かえって迷惑がられるだけで、歩ける兵隊はさっさと病院から戦場へと送り返されてしまうのです。

そして、原作で描かれているのが有名な「猿の肉」。食べるものがなくなった兵隊たちがとった行動とは。原作では直接語られることがありませんが、亡き戦友の死肉を…。

主演、監督は「鉄男」などで知られる塚本晋也監督。
スポンサーがつかなかったことから、自ら資金集めをし、自主制作、自主配給となりました。
それでも公開7日間で、全国1万人を動員したといいます。

目標とした制作費は2億円。ところが、当初はまったく資金が集まらなかったそうです。そこで塚本監督は父親の遺産までつぎ込み、20年来の構想を実現したといいます。

「野火」はかつて、市川昆監督によって映画化されました。
とはいえ、塚本監督は単なるリメークではない、としています。
海外の映画祭での反応は「too much(やりすぎ)」。それだけ戦場でのリアルな姿を追求したということなのでしょう。

二階堂ふみ主演「この国の空」

「大文字」の視点ではなく、庶民の視点から戦争をとらえたのが「この国の空」。

監督は「ヴァイブレーター」「共喰い」などの脚本で知られる荒井晴彦監督。
高井有一氏の同名小説が原作となっています。

母と暮らす里子(二階堂ふみ)の家は、父親を病で亡くし男手がありません。一方、妻子を疎開させた隣家の市毛(長谷川博己)の家は、女手がありません。二人が助け合って暮らすうち、里子は市毛に「男」を感じ始める、というストーリー。

戦時下といえども、男女の情はあった。
そして年若い乙女が、結婚できないまま空襲で死ぬかもしれない、という不安を抱え生きていた。
そこには、戦争と人間の本質的な姿が絵が描かれているのではないでしょうか。

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豪華キャストでおくる「日本のいちばん長い日」

最後は、豪華キャスト「日本のいちばん長い日」。
前回の作品も、三船敏郎らスターが出演しましたが、今回も役所広司、山崎努、堤真一、松坂桃季ら実力派俳優がそろいました。

とりわけ、特色的なのは、本木雅弘演じる昭和天皇を正面から描いていること。
前回は、先代の松本幸四郎が昭和天皇を演じましたが、スクリーンには後ろ姿だけ。昭和天皇がご存命であり、こうした表現も止むを得なかったのでしょう。

いずれの作品とも、戦争と人間をめぐるリアルな姿を描いたといえるのではないでしょうか。
「野火」が男性的な視点なら、「この国の空」は女性的な視点といえるのかもしれません。

8月15日は本当の終戦の日なのか

終戦記念日は、スクリーンに遠い戦争を重ねるのも、意義のあることなのではないでしょうか。
とはいえ、8月15日をさかいに、ぱたりと戦争が終わったわけではありませんでした。

日本の領土であった旧満州・中国東北部では、多くの日本国民が8月15日以降もソ連軍の侵攻から逃げなければなりませんでした。現在の北方領土にも、ソ連軍が侵攻。決死の逃避行が図られました。

そしてシベリアには、多くの日本人が抑留され、帰国できないまま命を落とした方も多かったのです。

玉音放送後も、日本軍はただちに武装解除したわけではありません。
進駐してくるアメリカ軍とて、気を緩めることはできなかったのです。

「8月15日」はあくまで区切りであり、すぐ戦争が終わったわけではありませんでした。
こうした議論は、佐藤卓巳京都大准教授「八月十五日の神話」が明らかにしています。

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戦後70年公開の映画「日本のいちばん長い日」を振り返る 

役所広司ら豪華キャスト集結



戦後70年を迎えた2015年は、戦争をテーマにした映画の公開が相次ぎました。なかでも、もっとも注目を集めたのが、作家・半藤一利氏のノンフィクション「日本のいちばん長い日 決定版」を原作とした映画「日本のいちばん長い日」。「クライマーズ・ハイ」を手がけた原田眞人監督がメガホン。役所広司さんら、豪華キャストが集結しました。この作品の特徴は、終戦前夜の1945年8月14日から15日という短い時間にフォーカスされていること。戦争継続を求める陸軍軍人たちによるクーデター未遂事件「宮城事件」をめぐる、昭和天皇や政治家、軍人たちが繰り広げる緊迫の24時間のドラマとなっているのです。

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かつても三船敏郎主演で映画化



「日本のいちばん長い日」は、かつても三船敏郎主演で映画化されたことがある作品。戦争といえば、思い起こす人も多いのかもしれません。現在85歳の原作者、半藤一利さん自身も戦争体験世代でもあります。

今回の原田眞人監督による映画では、主人公の最後の陸軍大臣・阿南維幾役に役所広司さんを起用。昭和天皇に本木雅弘さん、鈴木貫太郎首相に山崎務さん、迫水久常書記官長役に堤真一さん、クーデターの首謀者である陸軍の畑中健二少佐に松坂桃季という、現代日本の俳優を代表する面々による豪華キャスト出演となりました。

もともと別名義で出版された「日本のいちばん長い日」



少し余談となりますが、「日本のいちばん長い日」は当初、半藤一利さんの名義で出版されたのではありませんでした。評論家「大宅壮一」の著作として発表されたのです。大宅壮一氏は、テレビ番組のコメンテーターとしてもおなじみの大宅映子さんの父。「一億総白痴化」「恐妻」などの名言を生み出したことでも知られています。

なぜ、大宅壮一名義で出版されたのか?これは半藤さんが、当時、出版社文藝春秋の一編集者であったためだそう。半藤一利さんは自身の名前で作品を発表できなかったことを、今年2015年に亡くなった作家の阿川弘之さんに、たしなめられていたそうです。半藤さんが文藝春秋を退社したことで、本人の名義での出版にいたったというわけ、なのです。

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決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)


玉音放送の阻止を図った宮城事件



作品で描かれているのは終戦が迫った1945年8月14日から15日という24時間の出来事。短い時間ながら、まさに戦後の日本を左右する24時間だったといえるのではないでしょうか。

1945年8月15日といえば、ラジオから流れる玉音放送に泣いてひれふす国民(赤子)の姿を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。ちなみにこの玉音放送は、生放送ではありませんでした。昭和天皇が事前に、レコードに収録したものだったのです。その収録は極秘裏に行われていました。

ところが、陸軍軍人の一部は、この玉音放送が流れることを知って、これを阻止しようとします。本土決戦を考えていた大多数の軍人にとって、降伏などもってのほかのことだったのです。現代人の感覚からは、理解できないこと。ところが、理解を超えた出来事が、現実として繰り広げられていたのです。

戦争継続を唱える陸軍軍人の一部が、玉音放送のレコード原盤を奪おうとクーデターを計画。これが映画の題材となっている「宮城事件」です。

またまた余談ながら、一般的に、8月15日に玉音放送がスピーカーから流れ、戦争が終わったことになっています。ところが、8月15日でぴたりと戦争が終わったわけではありません。正式には1945年9月2日の、アメリカ戦艦ミズーリ甲板上で降伏文書に調印してから。さらには、1952年のサンフランシスコ講和条約に調印まで待たねばなりません。

実際には、8月15日以降も米軍機による本土への散発的な空襲が続き、北方領土、満州ではソ連軍による侵攻がおきていたためです。そのほかにもシベリア抑留などによって、多くの日本人が命の危険にされされていたのです。

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昭和天皇の信認厚かった鈴木貫太郎首相



話を映画「日本のいちばん長い日」に戻します。当時の首相、鈴木貫太郎(映画では山崎努)は海軍出身の軍人でした。その軍歴は長く、陸軍のクーデター2・26事件では暴発した軍人たちの襲撃を受け、瀕死の重傷を負ってもいます。

一方で、鈴木貫太郎は昭和天皇から厚い信認を受けていたといわれています。侍従長として、昭和天皇の側に仕えていたためです。これは昭和天皇自身の希望であったといわれています。戦前最後の首相となったのも、昭和天皇の信認が厚かったから、といわれているほど。ちなみに当時の総理大臣は、現在と違って国会で選ばれるのではなく、天皇の任命でした。

昭和天皇は戦争の早期終結を願っていました。それを実現できるのは鈴木貫太郎以外にないと、思っていたのでしょう。江戸時代末期に生まれた鈴木貫太郎は当時、77歳2ヶ月という史上最高齢での首相就任となりました。鈴木貫太郎自身は、もともと軍人が政治家になるべきではないと考えていたそう。しかしながら、昭和天皇から「頼む」といわれれば、断ることはできなかったのです。

阿南陸相と鈴木首相の仲はどうだったのか?



昭和天皇の意を受けた鈴木貫太郎は、戦争の早期終結を図ろうと画策します。ところが、その前に立ちはだかるのが、海軍と対立関係にあった陸軍の阿南維幾大臣(映画では役所広司)です。

鈴木貫太郎首相は難しい舵取りを強いられます。なぜなら、終戦工作を公にすれば、陸軍の一部軍人が暴発しかねないから。このことは自らが2・26事件で襲撃を受けたことで、身にしみていたといえるでしょう。

そのため、重臣会議では「徹底抗戦で利かなければ死あるのみ」と、大見得を切ることもあったのだとか。終戦か、継戦か。どちらとも取れるような、風見鶏のような態度をとり続けていたそう。軍人出身でありながら、なかなか老獪な役者でもあったようです。その本心はというと、ソ連を仲介役とした終戦に一縷の望み託していました(現実には日ソ不可侵条約を一方的に破棄されることになる)。

一方の阿南維幾陸相も、終戦を志向しながらも、陸軍の強硬派を抑えるためには本土決戦を唱えざるを得ませんでした。その立場は鈴木首相と似ていたともいえます。

そして、映画「日本のいちばん長い日」の題材でもある宮城事件がおきるのです。クーデターを起こそうとする軍人たちに、賛同を求められた阿南はもちろん、却下します。

鈴木首相に敬意を抱いていた阿南陸相



阿南陸相も鈴木首相と同じく、侍従武官として、昭和天皇の側に仕えたことがありました。この際に、鈴木首相と接点があり、鈴木貫太郎の懐の深さにひかれ、敬意を抱くようになったといいます。

しかしながら、終戦時の海軍大臣であった米内光政とは、対立を繰り返したそうです。

もともと、同じ軍人同士でありながら、陸軍と海軍はそりがあいませんでした。日本の敗戦の要因も、陸軍と海軍の反目しあったため、といわれているほどです。敗戦のふちにあった日本。陸軍と海軍のトップ同士が対立を繰り返していては戦勝など、絵に描いた餅。こうしたセクショナリズムは、いつの時代、どの組織でも起こりえることですが、時が時だけに致命傷となったといえるのでないでしょうか。

終戦の詔勅に署名した後、阿南陸相は鈴木首相にわびました。「自分は陸軍を代表して強硬な意見ばかりを言い、本来お助けしなければいけない総理に対してご迷惑をおかけしてしまいました」と。

1945年8月14日の御前会議終了後。あいさつに訪れた阿南陸軍大臣を見送った鈴木首相はこうつぶやいたといわれています。「阿南君は暇乞いにきたのだね」

阿南陸軍大臣はこの後、自刃して果てるのです。

心を通い合わせた「日本のいちばん長い日」の男たち



昭和天皇からの信認厚かった阿南陸相と鈴木首相は、ともに苦心して日本を終戦へと導きます。
終戦を望む昭和天皇の意志は重々承知していても、軍部の暴発を恐れて声高に「終戦」を唱えることはできない。そうしたお互いの苦しい立場も分かり合っていたのでしょう。

もちろん、彼らのとった選択が国民、世界全体の利益にとってベストであったかは大いに疑問が残るところではあります。たとえば阿南陸相の提案によって、鈴木首相はポツダム宣言を「黙殺」したと連合国側に伝わります。これが、広島、長崎への原爆投下に大義名分を与えたともいえなくもありません。

「日本のいちばん長い日」の魅力は、阿南や鈴木といった当時の日本のトップエリートたちの苦悩、心の通わせ合う姿といったところにもあるのかもしれません。

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